不可解なショー - Crystal-clear Ice 要約
東日本大震災から12年の3月11日、日本各地で追悼式が行われ、フィギュア界では羽生結弦が故郷の宮城で震災をテーマにしたアイスショー「Notte Stellata」を開催した。
なお、タイトルは彼がエキシビションで用いてきた楽曲名と同じで、イタリア語で満天の星を意味し、震災直後に停電で夜空の星が鮮明に輝いた体験を「希望の光」として位置づけている。
会場はセイスイハイムスーパーアリーナで3月10〜12日の3公演、キャストは羽生に加え内村航平、ジェイソン・ブラウン、ボーン、宮原、鈴木、田中、無良、本郷、アファナシバら計10名が出演した。主催は日本テレビとミヤギテレビ、企画は日本テレビNews Every.、協賛は雪肌精、東和薬品、JTBであり、メディアと企業連携の体制が整えられていた。
チケットはB席1万5000円からプレミアム2万9000円、S席2万円が最多設定で、配信はHuluが1公演4000円・通し1万1000円、映画館でのライブビューイングも1公演4000円、さらに防災関連を含むグッズ販売も行われ多角的な収益モデルが敷かれた。
そして最大の目玉は体操のレジェンド内村航平との共演で、通常のアイスショーよりキャスト数は少ないが演出面の設営コストは抑制的に見える点が指摘されている。これにより高単価チケットや配信・物販を合わせ、相応に高い収益が見込める構図だと論じられている。
しかし、震災を主題とし、3月11日に被災地で行う催しでありながら、公式情報にチャリティ表記が見当たらず、ノーギャラや収益の一部寄付にも触れていない点が疑問として提示された。
公式メッセージは「希望を発信し人々を笑顔に」という趣旨に重心が置かれ、金銭的支援を掲げない方針が読み取れるが、筆者は「希望」提供のみでは不十分とし、地元住民の無料招待やスケート/体操教室など具体的還元策が報じられていない現状を問題視する。
また来訪ファンの消費による経済効果は期待できるが、それは日付や演者に固有の必然性を要しないと指摘される。
報道では羽生が被災地へ多額の寄付を行い、東京ドーム公演で20億円の売上とされる一方で、今回のショーがチャリティでないことの整合性に疑義が呈された。
筆者は、寄付額「億超え」という評価の内訳に、本人の拠出と協力イベントの寄付の合算が混在し、実像より誇張されている可能性を示唆する。さらに、今回チャリティを掲げない背景として、羽生側に寄付余力が乏しいのではないかとの推測が語られる。
そしてその要因として、東京ドーム公演「GIFT」のコスト過多を挙げ、採算度外視のプロモーションであった可能性を論じる。
ドームは主催者発表3万5000人とされたが、他イベントの座席配置比較から実入場はそれ以下と推定され、招待枠の存在も売上の下振れ要因とみなされている。加えて、たった1公演のための氷設営、オーケストラやダンサーの起用、巨大スクリーンや大型オブジェの導入など演出投資が大きかったと分析される。
公演コスト以上に膨らんだとされるのがメディア露出で、TVや街頭の大量CM、テレビ・新聞・ネットの過剰とも見える報道が、直前1週間に集中して一般層へ強力に浸透した。CMはショーそのものではなくDisney+の配信告知が中心であり、それでも「羽生が東京ドームで単独公演」という事実を広く印象づける効果が狙われた。報道は人気・内容・売上を大きく持ち上げ、結果として「羽生結弦の商業的価値」を引き上げるマーケティング目的が達成された可能性があると論じられる。
一方で、ドームに先行した単独公演「プロローグ」は極小編成で本人プロデュース、海外キャストも少なくローコストながら高価格設定で、収益確保の色彩が濃かったと評価されている。両公演に共通するのは「羽生プロデュース」「単独公演」「個人事務所Team Sirius主催」で、プロローグはテレ朝とCICが関与、GIFTはTeam Siriusと製作委員会のみでリスクも利益も直撃する構造だった。Team Siriusは羽生単独で稼ぐ体制で、連続企画に余裕がない気配があると筆者はみるが、それでも短期に二種の単独公演を打つ不自然さは、資金繰り上の意図を連想させる。
筆者は仮説として、プロローグがドーム実現のための「集金イベント」で、ドームはプロモーション目的の赤字覚悟、両者は当初からセットの事業計画だった可能性を示す。そして、プロローグとGIFTの通算損益が未知である一方、報道通りにGIFT単独で20億円売上なら大幅黒字のはずで、そうであれば震災テーマのショーで寄付を掲げない説明がつかず、SOI出演の必要性も薄れると矛盾を指摘する。
ここから筆者は、報道数値または評価のどこかに誇張か錯誤が存在すると結論づけ、特に売上や寄付額の「見せ方」が独り歩きしていると懸念する。さらに、Notte Stellataが「希望」を掲げる理念自体は理解しつつ、被災地支援の実効性を高めるためには明確な寄付スキームや地域住民への還元施策の提示が望ましいと提案する。
運営コストが低めに見える今公演の設計であれば、出演者のギャラ方針や収益配分の透明化も現実的だとされ、信頼性向上にも資するだろうとの見立てだ。なお、開催タイミングが震災12年という節目であることから、追悼・記憶の継承と商業収益の両立はデリケートであり、コミュニケーションの配慮が不可欠と論じられる。
最終的に、今後こうした大型企画が継続されるかはGIFTの損益に左右され、赤字であればドーム規模は単発に留まり、黒字であれば公演数を増やして継続すると見通しを示す。加えて、ファン経済の推進と社会的意義の両立には、報道の表現を控えめにし、寄付と希望の両輪を設計することが長期的な信頼構築に資すると結ばれている。
筆者は、Notte Stellataの意義を「希望の発信」として肯定的に捉えつつも、チャリティ表明の欠如と収益の行方の不透明さが違和感の源だと整理し、過去の寄付実績やドーム公演の収支報道との乖離から、宣伝目的と採算のバランスが読み取りにくい現状を問題提起している。
さらに、具体的な地域還元策や透明性が伴えば、節目の開催意義がより揺るぎないものになり、今後の継続性に対する社会的支持も広がるだろうと展望している。
全然要約になってなくて草
文章は読みやすくなってるかも?